第三章 一日千秋

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 絞ったハンカチを広げて整えながら美代子がなに食わぬ顔でこちらを見つめてくる。数秒して、ふっと静かに笑いを漏らした。 「私を無視したっていいのに。昔と変わらないのね」  断りきれないとわかっているのだ、この女は。そう不快に思いながらも、誠二郎は美代子を放っておくことができない。まるで呪縛されたかのように。それを解くことができるも、この女しかいない。 「美代子さんは昔より意地が悪くなった」 「強くなったと言って」 「……智くんのために?」  ひとり息子の名前を出されて現実に引き戻されたか、美代子がふと手を止めた。その顔はこわばり、やがて哀しげに微苦笑を浮かべ、目を伏せる。  思い出したくない過去の扉をこじ開けられる痛みを、この女も味わえばいい。その卑屈な真情に気づいたのか、美代子がひかえめな視線をよこした。 「今でも恨んでいるのね。私を」
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