第三章 一日千秋

86/112
前へ
/391ページ
次へ
 優秀な兄が勉強部屋として使っていたこの場所は、誠二郎が中学二年のころに兄が大学進学を機に出ていってから誠二郎のものになった。  そして高校二年の夏休み。当時二十三歳だった美代子と出会って以来、ここは特別な場所となった。  美代子のことはひと目で気に入った。旅館の仕事になど興味がない誠二郎だったが、彼女見たさにこっそりと侵入し、廊下の陰からその姿を観察した。  慣れないはずの着物でもしなやかに動き、周りをよく見て気配りのできる優秀な新人。その身体から滲み出る妖艶さと、ふいに見え隠れする愁いを直感的に感じ取ったとき、腹の底でなにかが暴発した。  誠二郎は美代子から勉強を教わりたいと父に打ち明けた。長男と違って物静かな次男の頼みということもあり、父は小首を傾げながらも美代子に話をつけてくれた。彼女は快諾した。
/391ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2035人が本棚に入れています
本棚に追加