第三章 一日千秋

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 記憶の激流を押しとどめ、微動だにせず無言を貫いていると、美代子が黙って背中にもたれかかってきた。脇腹から前に回された手はハンカチ越しに腹筋を這い、軽く押しつけながら下腹に向かう。それはもはや愛撫以外のなにものでもなく、誠二郎は醜悪な欲情に駆られた。  腹の奥が一瞬にして滾り、吐き出された血液が分身の先端まで流れ込む。膨張し、硬さを取り戻しはじめたそれがむくりと顔を上げるのがわかる。  同時に怒りが込み上げてきた。こんなふうにして振りまわされてきたのだ。底なしの性欲を持て余した年上の女に。その幻影に。 「……俺で遊ぶのか。昔みたいに」  低く呟き、動きを止めた美代子の右手を掴んでハンカチを奪う。桶に投げ入れると、ぴちゃっと音がして湯が跳ねこぼれた。  互いに想い合っていると、十六年前はそう信じて疑わなかった。そう思っているのが自分だけだと思い知ったときの絶望感など誰にもわかるまい。
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