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そこにあるのは、唇を薄くひらいて呆けたようにこちらを見つめる男の顔だった。潤が目を閉じてから一瞬で誰かと入れ替わってしまったのではないかと思うほど、藤田の纏う空気は言いようのない艶を放っている。
自分でもその変化に気づいたのか、彼はそっと視線を外した。
「ああ、っと、思い浮かびましたか」
「は、はい。……初志貫徹」
その言葉を口に出すと、今の自分にはあまりにもハードルが高い気がして恥ずかしくなった。
「難しくてうまく書けないでしょうけど」
悲観的なことを呟いた潤とは反対に、藤田は興味深げな視線をよこした。
「なにか深い思い入れが?」
「そうですね……。言葉の意味を知ったのが小学生のときで、子供ながらにそんな生き方に憧れていました。それで、学校の書き初め大会で好きな言葉を書くことになって」
「書いたのですね」
「はい。大きな字で、堂々と。そのときの心から満足できた記憶が、なぜだかずっと残っているんです」
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