第三章 一日千秋

106/112
前へ
/391ページ
次へ
 苦い過去に隠して葬るはずだった疑念。ひとたび口に出してしまえば錆びつくような執着心に形を変え、増幅する。 「ガキの俺では物足りなかったか。だからあいつらを受け入れたのか。それとも、はじめからそれが目的……」  声を絞り出しながら詰め寄ると、美代子が泣き笑いのような曖昧な表情で力なく首を横に振った。 「違う、私は……っ」  潤んだ声が弾け、その目はあっという間に涙をためる。 「私は、誠二郎くんを」 「智の父親はどっちだ」 「……っ」 「あんたは野島屋をどうしたかったんだよ」  無慈悲な問いにささいな動きすら封じられた女の頬を、涙がひとすじ伝い落ちた。その顔はみるみるうちに引きつる。 「違うっ……違うの!」  すべてを失うかもしれない恐怖を覚えたか、美代子は泣き叫びながらすがりついてきた。
/391ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2035人が本棚に入れています
本棚に追加