第三章 一日千秋

112/112
2034人が本棚に入れています
本棚に追加
/391ページ
 さまようその腕を、男はとっさに掴んだ。身を屈めて他方の腕も取り、その両方を自身のほうにぐいと引っ張り上体を反らせる。女の腰上にまくられていた布地はずり落ち、その背を飾る白色の太鼓結びがわずかに歪んだ。  野島屋の顔としての制服を脱がせないまま、両腕の自由を奪い、最奥を穿つ。女壺はさらにその身を縮め、肉杭を締め上げた。呻いた男が導かれるように一気に抽送を速めれば、蜜まみれの肌がぶつかる音とともに悲鳴にも似た女の嬌声が小刻みに跳ねる。 「ああっ! せいっ、じ、ろおぉっ……」 「み、よ……っ、美代子、美代子!」  なにかを振り切るように、ついにこの口からその名を放った直後、ひゅう――と、どこからともなく風の通り過ぎる音が聞こえた。  長いあいだ燻らせてきた想いも、醜い執念も、この身からすべてを解き放つ。  深い欲望の渦巻く果ての泥沼へと、誠二郎はありったけの精神を注いだ。 ――俺だって、ずっと、あんたが欲しかったんだよ。 『一日千秋(いちじつせんしゅう)』 一日が千年にも長く思われる。非常に待ち遠しいこと。
/391ページ

最初のコメントを投稿しよう!