第四章 尤雲殢雨

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 スマートフォンを取りに戻っただけだった。風呂から上がり、脱衣所に用意されていた肌襦袢に腕を通していたとき、離れに置き忘れてきたことをふと思い出して。女将の言った“屋敷内に入ろうとしていた無礼者”が藤田なら、連絡が入っているかもしれないと思ったのだ。  夫の気配を感じたら静かに引き返そうと決めていた。玄関の前に近づいた瞬間、夫の名を叫ぶ女の声が聞こえた。そして夫がその女の名を呼び返した。  確かめずにはいられなかった。あきらかに互いを求め合う声をあげたその男女が本当に自分の知るふたりなのか。  筋肉の輪郭をほんのりと認識できる細身の背中。それはたしかに夫の身体だった。  膝立ちで腰を振るその姿を後ろから見たのは当然ながら初めてだった。引き締まった小ぶりな尻は小刻みに震え、ときおりなにかを捕らえるように深く突き上げられ、その動きに合わせて女の喘ぎも色を変えた。  女の腕を引いていた夫はやがて女の身体を抱きしめて腰を激しく振りはじめた。  わずかに見える水縹色の生地。夫の肩から覗く見覚えのあるまとめ髪。そこにいたのはやはり彼女だった。
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