第四章 尤雲殢雨

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 一瞬の衝撃、そして妹は大声で泣きだした。じんじんと痛む膝はみるみるうちに血を滲ませ、赤く染まった。  怖い、寂しい、もう帰りたい、家に帰りたい――。言いようのない感情が混じり合い、涙になった。  立ち上がらず泣きつづける妹に観念したのか姉はとぼとぼ歩いて戻ってくると、張りつめていた糸が切れたように突然泣き声をあげはじめた。  姉妹による決死の脱走劇は、その後あっさりと幕を閉じた。  通りかかった見知らぬおばさんが、子供たちが道に迷って泣いていると思って自宅に連れ帰り、姉妹の家に電話をして母に知らせたのだ。母が車で迎えにくるまでのあいだ、彼女はけがの手当てをしてくれたり甘いジュースを出してくれたりした。  ずいぶん遠くまで来たと思っていた。だがそれは車なら十分もかからない近所だった。おばさんは祖母の婦人会仲間で、姉妹の顔もよく知っていた。知らないと思っていたのはふたりだけだった。
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