第一章 顔筋柳骨

20/45

2035人が本棚に入れています
本棚に追加
/391ページ
 音を立てないように、こっそりと膝を落とす。藤田は静かな呼吸を繰り返している。よくもこんなふうに座ったまま寝られるものだ。  こうして無防備な表情を見ると、精悍な顔立ちの中に優しさが隠れているのがわかる。はじめはこの無精髭のせいで無骨な印象をもったが、髭を剃れば変わるかもしれない。  ふいに、そのまぶたがぴくりと動いて薄くひらいた。潤が視線をそらすよりも先に、まだ焦点の定まらない瞳で潤を捉えた藤田は目を丸くした。 「あれ……僕、寝ていましたか」 「は、はい。たった今起こそうと思って……」  潤は小さな嘘をついた。ひそかに顔を眺めていたなどと知られれば気味悪がられてしまうと思ったからだ。  その秘密を知る由もない藤田は、頭を下げて「すみません」と呟いた。 「今日は野島さんに迷惑をかけてばかりだ」 「いいえ。きっとお疲れなのでしょう」 「申し訳ない」 「先生は謝ってばかりですね」  苦笑を返した藤田が腰を上げようとしたので、潤は先に立ち上がり机に戻った。あとをついてきた藤田は、完成した『初志貫徹』を見下すと、なぜか静止して黙り込んでしまった。
/391ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2035人が本棚に入れています
本棚に追加