第四章 尤雲殢雨

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*  玄関を上がると、あの座敷に通された。  続き間の襖を開けた藤田は、隅にあるファンヒーターを両手で持ち、のそのそと襖の向こうに入っていく。 「こちらへどうぞ」  その声のあと、かちりと音がして奥の部屋にも明かりがついた。  一歩踏み入れてみれば、そこは八畳ほどのなにもない座敷だった。奥に見える床の間には掛軸がある。書だ。少し崩した字でわかりづらいが、『虚往実帰』と書かれている。どのような意味だろうか。  藤田がヒーターをコンセントに繋ぎ、電源を入れた。 「よかったら今夜はここで休んでください」 「あの、でも」 「ここも生徒たちのために開放している部屋ですが、今はほとんど使うことはありません。ようやく誰かのために使えます」  彼はそう言って穏やかな笑みを浮かべると、こちらに近づき襖を静かに閉めた。  空気の流れが止まった。見下ろしてくる熱の気配に、潤は思わず視線を落とす。 「じゃあ……少し待っていて」  降ってきた照れくさそうな声。顔を上げるより先に彼が背を向けたのがわかった。頭をかきながら廊下側の襖に向かい、部屋を出ていく姿をそっと見送り、潤は深い息を吐いた。
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