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そうして彼は意を決したように言った。
「薄く、残っているから」
無骨な指が、ぎこちなく頬を撫でて離れた。瞬間、頬から伸びる筆管、その先にある恐ろしいまなざしが甦り、潤は悟った。洗い流したはずの墨痕は完全には消えていなかったのだと。
手のひらで右頬を覆い、俯く。
「見ないでください……」
思わず声を漏らし、一歩後退する。しかし追うように距離を詰められ、両肩をそっと掴まれた。
一度掛けられた作務衣がその手によってふたたび静かに取り去られ、畳の上に落ちる。受け取ったばかりの羽織とTシャツもまた取りあげられた。
身につけている紅消鼠色の長羽織に手をかけられたとき、目の前に漂う空気が艶を増した。
「や……せんせ……」
困惑の声を無言でかわした藤田は、触れずに撫でるように胸下まで指を下ろすと羽織紐を丁寧に外した。
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