第四章 尤雲殢雨

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 肩からするりと羽織が落とされ、墨染めの桜色をした小紋が全貌を現した。その桜鼠色を引き締めるのは、黒色の地に金彩でひかえめにあしらわれた桜の花葉と楓の葉、引き立てるように添えられた雪輪文が品のよい華やぎを感じさせる、塩瀬地の染名古屋帯。  その文様に合わせた浅黄と白の二色使いの帯締め。それを両脇に向かって這う太い指が、帯と帯締めのあいだに挟み込まれた端部を引き抜き、容易にほどいてしまった。  はたりと畳に落とされた帯締め。次いで、白の帯揚げが途中まで引き抜かれた。  大きな手はそこで止まった。これ以上は帯の内側に手を入れる必要があるからだ。  遠慮がちに顔を上げてみると、熱い視線にぶつかった。その奥にある企みを見抜こうとしても、力強いまなざしを疑うことができない。 「昭俊さん……」  すがる思いでその名を呼べば、彼がわずかに口角を上げ、静かに頷いた。その笑みにとうとう拒絶する理由を奪われ、吸い込まれるようにその目を見つめながら小さく頷き返した潤は自ら帯の中に手を入れた。
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