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石鹸、シャンプーのボトル……一目で男性に使われている洗い場だとわかる。綺麗に磨かれたステンレス製の浴槽にはたっぷりと湯が張られ、立ちのぼる湯気が視界を鈍らせる。
ふと一抹の不安を覚え、潤はわずかに振り返った。後ろ手でガラス戸を閉めた藤田が一歩近づくのが見え、とっさに腰を落とし湯桶を手に取った。髪を片側に寄せて撫でつけると、浴槽からすくった湯を他方の肩からそっとかけた。
熱い液体が冷え切った肌を痛いくらいに火照らせ、股のあいだを流れていく。もし、太ももの内側についた墨の痕がまだ残っていたら、彼は泡を纏ったその手をそこに忍ばせるのだろうか。
「あの……私、自分で洗えます、だから」
大丈夫です、と言おうとしたが最後まで声は続かなかった。藤田の顔を見たとき、彼はとても寂しげな笑みを浮かべていたから。
「ひとりにしたくない」
ぽつりと彼は言った。
独りになりたくない――そう聞こえた気がした。そうに違いないと錯覚させるほどの孤独な笑顔だった。
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