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「ありがとう」
「えっ」
「そうかあ、見てくれたのか」
その満面の笑みは、あのときの激しい高揚感を潤の中に甦らせた。膝の上で組んだ両手をきつく握り、滲み出してくる想いを声に乗せる。
「私、そこで自分の名前を見つけて……もちろん私のことではないとわかっているのですが、とても感動しました。本当の自分が、そこにいる気がして」
「自分の名前……」
呟いた藤田は睫毛を伏せて数回まばたきしたあと、ふたたび視線を戻してこう言った。
「潤、ですか」
それが作品の名だとわかっていても、まるで自分が呼ばれたように錯覚してしまう。反応の仕方に一瞬迷い、潤はぎこちなく首を縦に動かした。
藤田が眉を下げた。「そうかあ」と深いため息のような声を発すると、突然その両手で潤の手を包んだ。
「……っ」
「ありがとう。潤さん」
分厚くてごつごつした大きな手。あの個展で感じた書家の力強いイメージが、まさにこの手の中にあった。
やはりあれを書いたのはこの人なのだ。潤は改めて本能的にそう感じ取った。
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