第五章 泡沫夢幻

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 悩ましげに呻いた藤田は、ひと呼吸置いて言った。 「今はまずい」  その神妙な声に心を折られる。潤が悄然として見つめると、彼は困ったような笑みを返した。 「このまま始めたら、今日は一日中ベッドで過ごすことになりますよ」 「えっ」 「いいですか」  雄の香りを漂わせてにじり寄る凛々しい顔。そのまま甘美な空気に惑わされそうになったが、鼻先がかすかに触れ合ったとき、潤はようやく我に返り顔を背けた。 「だ、だめです。だって、今日は……」 「そうですね。今日は大事な個展の打ち合わせです。あなたにも一緒に来てもらいたいので、ベッドから出られないと困るでしょう」  うまく丸め込まれた気分になり押し黙ると、あやすように髪を撫でられた。
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