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「藤田先生……」
「はい」
「私、先生の書に一目惚れしたんです」
思わず口走ったあと、自分の声が妙に色づいていることに気づく。
藤田は茫然自失した様子で黙り込んでいる。
決して愛の告白ではない。だが彼の作品にどうしようもなく惹かれたのは、それを創り上げた藤田本人の人間性に無意識の領域で共感していたからだ。それはときに純粋な愛の言葉よりも大きな好意を伝えてしまうのかもしれない。
ふと、包まれている手を心持ち引き寄せられた気がした。
「……また来てくれますか」
その低音は、まるで想い人への愛の囁きのように甘やかに漂った。
「は、はい。月謝はおいくらでしょうか」
無理にでも冷静さを取り戻そうと現実的な話に切り替えてみたが、すぐに夫と女将の顔が浮かび、潤は藤田の手を振りほどいた。
「あっ、そうだ、今ちょっと家が忙しくて……やっぱり通うのは難しいと思います」
支離滅裂な自分を呪いながら「すみません」と小さく呟くと、藤田がおかしそうに顔を緩め、肩を揺らしてくすくす笑いだした。
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