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半年後に控えているという個展の打ち合わせのため訪れたのは、大通りから一本外れた道にひっそりと構える老舗画廊だった。
入り口のガラス扉の向こうには、古めかしい洋館の一室を思わせる展示室が見える。
「少し驚かせてしまうかもしれませんが、僕を信じてくださいね」
脱いだ黒のスタンドカラーコートを腕にかけながら意味ありげなことを言った藤田は、先に一歩踏み出しておもむろにガラス扉を開けた。
彼の言葉を反芻する暇もなく、潤は急いで薄灰色のチェスターコートを脱ぐと、前を行く葡萄茶色のセーターの背中を追って絨毯の敷かれた室内にパンプスの足を踏み入れた。
ちょうどそのとき、受付台の奥に見える事務室らしき部屋からひとりの女性が出てきた。
「あら、お早いですね」
細身の上質そうな濃紺のパンツスーツを着こなすその人は、有能さが窺える低めの透きとおった声を発して知的な微笑をたたえた。
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