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「違います。関係ないです」
見え透いた嘘をつき、潤はそっと目を背けた。
「私はただの、野島潤です」
なぜそう答えたのか自分でもわからなかった。
藤田はそれ以上なにも訊かず、「僕は」と静かに言った。
「藤田昭俊です」
潤は思わず視線を上げた。
「あきとし?」
「千秋は雅号です。ペンネームみたいなものですよ。本名は昭俊」
「……昭俊さん」
「はい」
穏やかに返事をして、彼は口角を上げた。
男らしさの中にある優しさ。それをそのまま形にしたような凛々しい笑顔。太い首、作務衣に覆われた広い肩、熱意の塊のような硬い手。
――すべてが違っている。あの人と。
無意識のうちに浮かび上がったその想いは、丹精を込めて書いた『初志貫徹』を無意味なものにする気がした。互いを愛し抜くと誓ったあの日、こんなふうに別の男と比較される日が来ると夫は予想していただろうか。
潤は、自身が潤筆したそれを横目でそっと見下ろした。
この黒々とした文字が、自分の中に蠢きはじめた真情によって透明な水に沈められる。溶け出した墨が滲んで分解され、まるで闇に堕とされた天女の羽衣のごとく妖しく揺れ、そのまま消えていくさまが頭に浮かんだ。
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