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どんなに最悪の事態を覚悟して臨んでも、実際に面と向かって口にされれば急に現実感が押し寄せ、思わずその重圧から逃げ出したくなるものだ。重苦しい声色で語る社長とその隣で瞳を潤ませる女将を交互に見つめながら、誠二郎と結婚したことは果たして正しかったのだろうか、と潤は沈んでいく思考の中でぼんやりと考えた。
大学卒業後に就職した会社の三つ年上の先輩だった。物腰柔らかく、親切な人で、その温厚さに惹かれるのにあまり時間はかからなかった。
三年の交際を経て、結婚したのが二年前。当時はまさかこのようなことになるとは思っていなかった。実家が老舗旅館とは聞いていたが、誠二郎は地元に戻る気はないと言っていたし、次男である彼が跡継ぎになることはないだろうと潤も思っていた。
誠二郎は基本的に優しい男だが、物静かで少し頼りないと思わせるところもある。
現在ふたりで暮らす東京からこの地に移り住むことになれば、ここには自分を知る人は誰もいない。いざというときに守ってくれる人も、きっといない。潤は漠然とした不安に押し潰されそうになり、隣で社長の言葉に沈黙する夫の顔を見ることができなかった。
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