第二章 雪泥鴻爪

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 障子を通して差し込む自然光が、柔らかな長峰の筆によって次々と形を成していく書線の輪郭を鮮明に映し出している。  俯仰法(ふぎょうほう)、と呼ばれる筆遣いがある。筆を運ぶほうに筆の軸を倒して書く用筆法で、右に進むとき手のひらが仰ぎ、左に戻るとき手のひらが俯す、手首を使った特徴的な書き方だ。  嵯峨天皇、橘逸勢とともに日本の三筆と称され、歴史上の名筆の中で最難関ともいわれる弘法大使・空海の『風信帖』をたもとに置き、昭俊はひとり静かにその行書を臨書していた。  臨書とは、手本を見て書くことである。しかし、ただ字形を模して書くのではない。ひとつひとつの文字の細部にまで意識を集中させて書き手の手癖や呼吸感を読み解きながら、その意図を汲み取り、線質を熟視して筆法を取得する。
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