第二章 雪泥鴻爪

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 真言宗の開祖である空海が四十歳前後――三十九の昭俊と同じ歳の頃に書いたとされる『風信帖』は、天台宗の開祖・最澄から送られた書状への返信である。  冒頭の名句『風信雲書、自天翔臨』は「あなたからの便りが天から舞い降りてきました」という意味を持ち、最澄からの手紙に対する感謝が読み取れる。『披之閲之如掲雲霧』――「それをひらいて読むと、雲や霧が晴れる思いがします」と詩的な麗句が続き、当時の両者の親密な交流を物語る。  空海の文字は、大小や線の肥痩、運筆の緩急も変幻自在であり、筆を沈めたり、突いたり、弾いたりと変化に富んだ多様な筆致が見られる。  おおらかさ、柔軟性、上品さの中に宿る、凛とした力強さ。その筆跡は繊細であるとともに豪胆であり、心と状況に応じて自在に書風を変えることにより空海の心情を鮮やかに表している。  一方、最澄の書風は均質で几帳面であり、生涯を通じてほとんど変化がないといわれている。その書風からわかる秀才肌で実直な人柄は、天才肌の空海のそれとは対照的といえる。
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