第二章 雪泥鴻爪

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 いったいなんの因縁生起か、同じ仏道の世界で競い合う運命をもつことになった両者の交友は最終的には決別に終わってしまう。そういった歴史的背景と向き合うことも、もの言わぬ書から書き手の心情を捉えるために必要な要素である。  臨書をろくにせず書家を名乗る書家は、真の書家ではない――。  その考えのもと、これまで気が遠くなるほど膨大な時間を費やし、昭俊は純然と書に臨みつづけてきた。  古典をどれだけ書いて、どれだけ知っているか。それが自分にとっての財産となり、創作の引き出しとなり、糧となる。徹底した古典臨書なくして自らの書風を培うことなどできない。  この家を遺した父は、昭俊が幼い頃から筆を持たせ、書の伝統を教え、臨書の重要性を説いた。  父は七十年の歴史を持つ県の書道連盟に在籍していた。現在では二千名ほどの会員を有し、流派や会派を問わず書に携わる者たちが書道の普及のため活動する他県には見られない機関である。父はその一員として、書を生業としながら子供たちに書の愉しさを伝えるため、この家でひっそりと書道教室を営んでいた。
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