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書家・藤田千秋を知ったのは、その日の夕食の時間だった。
部屋に料理を運んできてくれた菊池という仲居の女性が、温泉街から車で五分ほど行ったところにある美術館でこの町出身の書家が個展を開いていると教えてくれたのだ。上品な笑みを浮かべた菊池は、「ぜひご夫婦で息抜きに」と勧めてくれた。
彼女にとってはほんの些細な気遣いだったかもしれないが、昼間のことで食事どころではなかった潤にはその言葉が心底救いになった。
豪華な料理を挟んで夫と向き合い、鯛の姿造りが華やかな舟盛に箸をつけながら、潤はふと小学生のときの自分を思い浮かべた。
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