第二章 雪泥鴻爪

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――型を身につけてこその型破りだ。  型破りは、我流とは違う。まず徹底した模倣で名筆の書風を身につけ、破るための型を築く。自身の書道を追求するのはそれからである。  父から与えられたその言葉は、三十年以上経った今でも昭俊の心の軸として存在している。「五十、六十代は洟垂れ小僧」といわれる書の世界で二十代の頃から書の登竜門といわれる書道展をはじめ有名な展覧会で名誉な賞を受賞したり、国内外で個展を成功させたりする中で、ふとしたときに思い出しては初心に返り、気を引き締めた。  三年前に父が他界したことをきっかけに、昭俊は活動拠点としていた東京からこの地に戻ってきた。父の遺志を継いで県書道連盟に所属し、創作活動のかたわら週二日ほど子供たちに書を教えている。 ――自分らしい字を追求してみたいと思っていました。  ふいに、ひかえめだが凛とした女性の声が甦り、昭俊は筆を運ぶ手を止めた。
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