第二章 雪泥鴻爪

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 微笑んで式台に足を下ろせば、嬉しそうに目を細めた母親が綺麗に巻かれた肩までの髪を揺らして一歩こちらに近づいた。ふわ、と甘い香水の匂いが鼻をかすめる。  昭俊は紙袋を丁寧に受け取ると、母親の少し後ろでその様子を眺めている娘に視線を落とした。 「綾華さんもありがとう」  いつも冷静な十一歳の少女は、特に表情を崩すことなく首を横に振る。 「ほとんどお母さんが作ったので」 「綾華……っ、先生にお礼したいって言っていたでしょう」  慌てて訂正させようとする母親に「お母さんがね」とそっけなく返した綾華は、靴を脱いで式台に上がると、しっかりと靴の向きを直してから静かに教室に向かう。  あんぐりと口を開けて子供の背中を目で追った母親は、眉を下げてため息をついた。 「もう、あの子は」 「綾華さんはクールですからね」 「すみません、生意気で。先生にも失礼なことを言っていないか心配です」 「いいえ。いつも僕の話を真剣に聞いてくれますよ。いざ筆を持ったら、僕のことなど見えていないかのように目の前のことに真摯に向き合う、とても真面目な生徒です」
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