第二章 雪泥鴻爪

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 障子側の最前列に、かすかな外光を右頬に受ける小さな横顔があった。すべての準備を済ませた綾華がぽつんと正座して待っている。彼女いわく「隅っこは安心する」らしい。 「ちょっと待ってね。すぐに暖かくなるから」  昭俊はじっとしている綾華に声をかけながら急いで部屋を横切り、照明をつけると、隅にあるファンヒーターに向かいスイッチを入れた。  振り向いた綾華が「あの」と呟く。 「墨を磨ってもいいですか」 「ん? ああ、うん、いいよ」  その心情を汲み取って快諾すれば、わずかに安心したような表情が返された。 「汲み置きの水を持ってくるよ」 「あ、いいです。私が勝手にしたいだけだから、自分でやります」  そう答えた綾華は書道セットの中からポリ水差しを手にして立ち上がった。  障子を開けて縁側に出た綾華は、外に続くガラス戸を開けると沓脱ぎ石の上に置いてあるつっかけを履き、庭に出た。ちょうど玄関の横に位置するそこには生徒たちが筆や硯を洗うための流し台がある。水道水を直接水差しに入れるつもりなのだろう。
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