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「俺も墨磨る」
「そうか。いいよ」
すると、無言を貫いていた綾華がふと手を止め、智のほうを向き口をひらいた。
「これ、使っていいから」
まだ中に水が残っているポリ水差しを取り、隣に差し出す。
しかし、智は「いいよ」と断った。
「自分でやる」
「じゃあ外の水道で入れるのよ」
「うん！」
嬉しそうに返した智は自身のポリ水差しを持って勢いよく立ち上がり、ばたばたと部屋を出ていった。
「いつも智君に優しくしてくれてありがとう」
昭俊が声をかけると、綾華は手元に視線を戻して言った。
「智君にはお父さんがいないから親切にしてあげなさいって、お母さんに言われたので」
「そう……」
それ以上言葉が続かない。墨を持つ右手を動かしはじめた綾華からそっと視線を外し、縁側に腰を下ろす暗灰色のトレーナーの背中を障子の隙間から眺める。
玄関を開ける音が、新たな生徒の訪れを知らせた。
昭俊は静かに立ち上がり縁側に出ると、開けっ放しのガラス戸から入ってきた冬の風にふたたび身体を震わせ、誰にも聞こえないように「雪降るかな」と低く呟いた。
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