第二章 雪泥鴻爪

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◇ 「潤ちゃん、やっぱり最近お肌の調子がいいみたい」  畳敷きの更衣室で着付けを済ませ、夕方からの勤務に備えていたとき、ふいに美代子が言った。「いいことでもあったのかしら」と囁きながら意味ありげな視線をよこす。 「先週一日お休みいただいて、ゆっくりできたからかなあ……」  潤がぼんやりとした返答をすれば、美代子はすかさず深く突っ込んでくる。 「例の書道教室に行ったのよね。気分転換できた?」 「は、はい」 「どんな感じだったの」  透明感のある涼しげな顔をふわりと緩ませる美代子。左目の下にある泣きぼくろがその表情を妖艶に見せている。 「まず墨を磨って、それから好きな字を書いて……」 「そうじゃなくて」  雑談しているほかの仲居たちに聞かせないための配慮か、美代子は潤を引っ張り部屋の隅に移動すると耳元で囁いた。 「藤田千秋がどんな人だったのか訊いてるのよ」
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