第二章 雪泥鴻爪

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「それはわかってるから。今はそんな話をしているわけじゃない」 「…………」 「頼んだよ。いいね」  声を低くして念を押した夫は返事を待たずに廊下を歩いていってしまう。有無を言わせない態度に圧倒され、潤はなぜ突然自分が宴会場の手伝いをさせられるのか訊くこともできなかった。  夫はあきらかに変わった。以前のような頼りない印象は薄れ、強引で厳格な印象が強くなった。老舗旅館を守っていく責任者としてはたしかにそれでよいのかもしれないが、潤にとってはただ無神経になっただけのように思えた。 「戦力外……」  消え入りそうな声で呟き、夫から投げられた言葉をもう一度受け止める。  役立たず――そう言われている気がして、帯で締められた胸まわりがやけに窮屈に感じた。
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