第二章 雪泥鴻爪

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「高橋さん、いいわよ」  女将の言葉に軽く会釈を返した高橋はそそくさと退散していった。  すがるような気持ちでそれを見送る潤の正面に立った女将は、きりりとした鋭い視線で潤の姿を上から下までひと撫でした。髪はきっちりと結えているか、化粧は濃すぎないか、着物は着崩れていないかなどを確認するためだ。それが済むと、「潤さん」とひとこと発して少し間を置き、威厳のある声で続けた。 「ここでなにをしているのです」 「え、あの」 「あなたには客室係を任せているはずです。菊池さんはどうしたの」 「……誠二郎さんに、私だけこちらを手伝えと言われまして」  正直に打ち明けると、女将は誠二郎と同じように眉根を寄せて不快感を露わにした。 「そのようなことは聞いていません。まず私に確認しなさい」  彼女は決して言葉遣いを乱さずに語気を荒げた。
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