第二章 雪泥鴻爪

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「あ、お姉さん、ちょっといい?」  下座付近の客のところに料理を出して戻ろうとしたとき、近くにいる五十代くらいの恰幅のよい男性に呼び止められた。 「いかがなさいましたか」  なにを言われるだろうかと内心びくびくしながら、潤は着物の膝を落とし微笑んでみせた。  男性は、細長い付出皿に少量ずつ取り合わせた八種の料理のうち、左から二番目の一品を指差す。 「これはなに?」 「そちらは旬のカマスを若狭焼きにしたものでございます」 「へえ、カマスかあ」  男性は感心したように呟き、「ありがとう」と笑った。潤も柔和な笑みを返し、胸を撫で下ろす。  それと同時に、美代子なら、という思いが浮かぶ。彼女なら、こうしてふいに料理について尋ねられたとき食材の特徴や味についても詳しく説明することができるだろう。料理名を答えるだけなら品書きを見せれば済むことだ。
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