第二章 雪泥鴻爪

29/113
前へ
/391ページ
次へ
 空になった皿を下げ、次の料理を運ぶ。合間に酒の追加注文を聞き、「この料理に合う日本酒を」と言われれば急いでベテラン仲居に訊きにいく。迅速な、しかし丁寧な対応を心がけた。  季節の魚介のお造りや地産の和牛を使ったすき煮など、料理長自慢の料理が並ぶ膳を前に、酒が進む客たち。  追加の瓶ビールを下座付近に届けると、さきほど料理について尋ねてきた男性が「お姉さん」とふたたび声をかけてきた。 「来てくれたついでにお酌してほしいな」 「あ……」 「おばちゃんより、若くて可愛い子についでもらった酒のほうがうまいからさ」  ふっくらとした狸顔をにやりと緩めたその人の隣で、同じく五十代とおぼしき眼鏡をかけた女性が苦い顔で「失礼ね」と呟いた。そして潤にすまなそうな笑みを向ける。
/391ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2036人が本棚に入れています
本棚に追加