第二章 雪泥鴻爪

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 すると細い道の先に人影が見えた。こんな雪夜に知らない人とすれ違うのは気まずいと思い、踵を返して歩みを早めた。 「あれ、潤さん」  その低音にひくっと肩を震わせ、振り返る。自分の名前を呼んだ優しい声の主は、足元から放たれる柔らかな光に濃紺のチェスターコート姿を晒されていた。 「はは、やっぱり潤さんだ」 「先生……」 「こんなところでなにを――っ」  小走りで向かってきた藤田が濡れた石畳に足を滑らせ前のめりになった。驚いた彼が「わっ」と声をあげるのとほぼ同時に、潤の身体にぶつかるようにして接触した。 「きゃっ……」  そのままふたりで後ろに倒れてしまうと思ったが、藤田がしっかり抱きとめてくれたおかげでそれは免れた。  厚い上着越しに人のぬくもりを感じる。あたたかな空気が互いの間に降る雪を溶かす。背中を支える大きな手は、なかなかそこを離れようとしない。 「先生……走ったら危ないです」 「ごめん。気を抜いていました」  藤田はあの日より少しだけ親しげな口調で答えた。その心地よい響きに酔ってしまわないよう、潤はさりげなく身を引いて藤田から離れた。
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