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「さて、行きますか」
歩き出してすぐ遼子に笑いかけてみたら、彼女は不安そうな顔を岡田と深雪に向けていた。目線をたどって岡田を見ると、深雪と一緒に料理を皿に盛り付けている。
少し離れたところから岡田たちを見ればカップルのように見える。叶うことなら本当の恋人同士になってくれたらいいが、岡田がちゃんと深雪と向き合わない限り無理だ。おそらく遼子も自分と同じ気持ちなのだろう。二人に向けるまなざしが不安げだ。
「あとは二人にまかせましょう、遼子先生」
「え?」
遼子から心もとなさそうな瞳で見上げられ心臓が大きく脈打った。いつも毅然としている遼子の頼りなげな姿は庇護欲をひどく駆り立てたが、別所は理性で押さえ込む。
「だって、これからどうするか考えなきゃいけないのはあの二人ですから」
遼子に言ったとおり、当事者以外は所詮部外者であり、それ以外何物でもない。そう頭ではわかっていても、親しい関係である相手のこととなると我がことのように思ってまうのが人間だ。諭すように遼子に告げたら、彼女は目線を落とし小さく息を吐く。
「そう、ですよね……」
「いい結果になったら四人で食事に行きましょう。そうでなかったら僕が岡田を慰めますから遼子先生は深雪くんをお願いします」
「わたしが? 深雪さんを?」
「ええ。疑心暗鬼から深雪くんが素直になれないことも考えられます。そうなったら、よほどのことがないかぎり……」
「素直になれないって、それってつまり……。深雪さんも岡田さんのことをってことで合っていますか?」
別所は笑みを作って頷いた。
「昼休憩が終わる十分前になると給湯室でおしゃべりしてますよ、岡田と深雪くんは。本当に毛嫌いしている相手なら、社交辞令であってもそういうことはしないと思います」
岡田と深雪は、それぞれ昼食をとったあと給湯室で会話している。といっても、九割方岡田が深雪に怒られているだけだけれど。
「とにかく、あとは二人にまかせて。僕たちは挨拶回りを頑張りましょう」
安心させようと優しくほほ笑みかけたら、遼子の表情が少しだけ和らいだ気がした。ほっとしてすぐ気持ちを切り替え遼子とともに挨拶をして回っていたら、急に呼びかけられた。
「別所さん、御無沙汰しています」
声がしたほうへ顔を向けると、以前顧問弁護士だった男が早足で近づいてきた。
「久しぶりだね、高崎くん」
「本当に」
高崎憲吾は、今は法律事務所の代表だが、その前に大手弁護士事務所に勤務していた。そのとき会社の顧問を頼んでいたのだが、彼の父親が経営していた事務所を引き継ぐため退社した際契約が切れたのだ。飾らない性格と真面目な仕事ぶりから新たに顧問契約を結びたかったが、タイミングが合わなかった。その後篠田の勧めで法務部を作り、付き合いがあった弁護士から企業法務を得手としている人間を紹介されて今に至っている。久しぶりに顔を合わせそれぞれの近況を話していたら、別所はあることに気がついた。
「ところで別所さん、こちらの方は……」
育ちが良さそうな柔和な顔した高崎が、遼子に目線を向けた。
「ああ、彼女は麻生遼子さん。うちで働いてもらっている弁護士なんだ。といってもあと一ヶ月だけだけど」
「どういうことです?」
高崎の窺うような目と目が合った。
「もともと働いていた弁護士が病気で倒れてね。入院している間だけの約束で来てもらっているんだ」
「そういうことでしたか」
納得したような顔をしたと思ったら、高崎は目を見開いた。
「あの……、次の仕事は決まっておられますか?」
高崎から遼子に目線を移したら、彼女はあっけにとられたような顔をしている。
「次の……仕事、ですか?」
「ええ。実は長く働いてくれていた弁護士が今月いっぱいで退社するんです。それでもし、次の仕事が決まっていないのでしたらうちで働いてくれたらいいなと思いまして……」
必死そうな顔した高崎と戸惑っているような遼子を交互に眺めつつ別所は思案する。
高崎法律事務所は、規模こそ小さいけれど手堅い仕事をすると評判だ。そのようなところなら遼子の次の職場として申し分ない。そう思いながらも気持ちは複雑だった。
「これ、私の名刺です。もしも次の職場にうちを考えていただけるようでしたら電話かメールをください」
「は、はい。ありがとうございます」
かしこまって頭を下げた遼子の姿を目にしたら、彼女があと一ヶ月でいなくなる現実を思い知らされたような気がして急に気分が重くなった。
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