現場

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加藤は無言のまま、鋭い目つきで現場周辺を見渡す。 争った形跡は何もない。わずかに爺さんが死んだ際に出た汚れが残っている程度だ。 何も物がないその部屋にある物といえば、小さな経机であり、その上で倒れている位牌である。 加藤はスーツの胸ポケットから手巾(ハンケチ)を出すと、その手巾で包むようにして位牌を手に取り、しげしげと眺める。 「長内(おさない)トミ……。この家の縁者だった? 長内トミの亡くなった証拠がここにあったか。やれやれ、なんてこった」 加藤の口から意味不明の呟きが漏れる。 私はその呟きは無視して、彼の最初の疑問に答えた。 「殺された爺さんが長内正吉だからその縁者だろうね」 何か考え込んだままの加藤が尋ねて来た。 「店主夫婦はどうしてる?」 「署の方で事情聴取中だな」 私たちが店の前で話していると、今まさに話にのぼった店主夫婦がとぼとぼと帰って来た。 旦那の方は白い作業着姿ということは、朝から今まで警察にいたのだろう。 「ご苦労でしたね」 私はさりげなく二人をねぎらった。 菓子屋の女房は四十がらみのよく太った女だが、泣いていたのか目が腫れている。 女房とは反対に、痩せた主人の方も顔色が悪い。殺人の第1発見者だから当たり前ではあるが 。 「お疲れのようだから、このお二人には話は聞かなくていいよ。後で署の方で情報をもらうから」 「了解した」 「逃げて行く小達を見たというのは誰かな? できればその人に会いたいのだが」 「ああ、多分そこらへんにいるはずだ。菓子屋の向かいの理髪店の店主だったかな。今日はもう商売どころじゃないだろう」
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