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加藤と私は菓子屋の真向かいにある理髪店に入って行った。
理髪店の中は、立錐の余地もないほど近所の人間が集まっており、皆、興奮して声高に話している。
「お話し中、申し訳ないですが、ここのご主人はどちらに?」
加藤がよく通る声で言うと、店の中にいた人間が一斉に彼の方を見て、瞬時に静かになる。
「私ですが?」
大勢の人をかき分け、小柄な中年男性が加藤の前に来た。
「あなたがご覧になったのは間違いなく小達なのでしょうか?」
「ああ、目撃したのは私じゃありません。そこにいる島内さんですよ。私の碁敵で、そこの島内青果店のご隠居だ」
理髪店店主に指さされた島内老人が大きくうなずいて答えた。
「間違いありません。署の方で確認しました」
「はっきりと顔をご覧になったのですか?」
加藤がゆっくりと疑うような口ぶりで尋ねる、すると老人は一呼吸置いて答えた。
「失礼ですが、旦那はあの探偵事務所の方ですね? あんたにお答えしないといけない義理でも?」
明らかに島内老人は気分を害している。加藤の欠点である、少し傲慢な物言いが老人の気を悪くさせたのだろう。
仕方がない、ここはひとつ。
「すみませんな、ご主人。この探偵に捜査を手伝ってもらっているので、彼の質問は全て私ら警察の質問と受け取っていただきたい。もう何度も聞かれて嫌になられているでしょうが、もう一度ご確認いただきたいのですよ」
私は丁寧に説明する。
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