現場

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「あなたが逃げて行く小達を見たのはどこにいらした時ですか?」 「どこにって、ここに決まっているでしょう」 「この店内のどの場所にどういう状況でいらしたのか、詳しくお願いします」 加藤の質問に島内老人が嫌々ながら、その時の様子を再現してくれた。 「私はこの鏡の前にいたんですよ」 島内老人が指し示したのは店の入り口正面にある大きな姿見だ。 「ゲンさんが……」 老人は理髪店店主を指差して言う。 「商売の準備してたんだな。まだ9時過ぎで客はもちろん誰もいなかったよ。私はもう隠居で暇だからね、朝からここに来てゲンさんが支度を終えるのを待ってたんだ。ここの鏡の前に丸椅子を持って来て。そしたら……」 老人が大きく息を吸い込んだ。 「向かいの木村さんから大柄の男が飛び出して来たのが鏡に映った。ひどく慌てて前後左右キョロキョロして、右手、いや違う左、何を言ってるんだ私は。……そうそう、間違いない、右の方へ逃げてった」 「あなたが迷われたのは、鏡ごしにご覧になったからです。私たちは、鏡を通して見たものを第三者に説明する時、往々にして混乱するものですよ」 加藤は熱っぽく説明する。 「ほんの一瞬見ただけの、人間の顔のどちらに傷があったかなど、鏡を通して見た場合にはっきりと答えられるでしょうか? 人間の記憶は曖昧です。そのあと警察署で左頬の傷痕を近くでご覧になられて、記憶が上書きされていないと言い切れるでしょうか?」
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