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「それで今日は何の用事かな?」
狭い部屋に一つだけある大きな窓。その前にたたずみ、加藤は私のほうを振り返りもせず言う。
「とりあえず一息つかせてくれ給え。朝から大忙しで、休む暇もなかったのだ」
来客用ソファに腰かけると、背広のポケットから煙草を取り出して私はそう答えた。
「それは大変だったね、お疲れ様」
窓から外を見下ろしたままの状態で、加藤三郎はねぎらいの言葉とは裏腹に、心のこもらない平板な調子で言う。
この男の警察官時代から、私は彼の唯一の友人であり理解者と思っているのだが、彼にはそういう認識はないらしい。
「君はさっきからずっと外を見ているが、何か面白いものでもあるのかね? もう見飽きた眺めだと思うのだが」
加藤探偵事務所のあるビルヂングは、下町には珍しい三階建てで、坂の途中にある。天気のいい日には、はるか遠く瀬戸内の海も見え、とにかく眺めはいいのだ。
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