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「どうぞお入りください」
加藤が大声で言うや否や、遠慮がちなノックの音とは対照的に、勢いよく扉が押し開けられ、先程まで下の通りにたたずんでいた娘が入って来た。
「事務員に応募して来られた方ですね」
加藤は先刻までと打って変わって笑顔になり、娘に話しかけた。言われた娘の表情には、一瞬ためらいが見て取れた。
「……はい。新聞を見まして」
「よくお越し下さった。貴女のような方が応募してくれるとは天恵だな」
加藤の大げさな言葉に私は目を剥く。ところが彼は大真面目に言っている。普段親しい人間(私のことだ)にすら見せたこともないような優しい笑顔を見せているが、その実、彼は娘の反応を注意深く観察しているようだ。
娘の方は緊張している様子で、加藤を食い入るように見つめている。
そう、加藤はかなりの美男子なのだ。
それも老若男女、誰が見ても好感を抱くような類の。
背は高からず低からず。正直そうな円い瞳をした整った顔立ちは、上品な猟犬を思わせる。
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