事件

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天知光子は着ていたコートを脱ぐと、ハンドバッグと共に床に下ろした。その瞬間甘い匂いが微かにしたような気がした。刑事だから、というわけではないが、私はとても鼻が効くのだ。 「ああ、その綺麗なコートと(バッグ)はソファに置いてください。ずっと掃除していないので、お洋服や鞄が汚れてしまう」 あわてて加藤が言う。 本人は清潔そうな外見をしているというのに、いつ来てもこの事務所の雑然とした汚さはどういうことだろう。私は彼の下宿先も知っているが、そこも万年床で、書籍や資料が積み上げられた、おそろしく汚い部屋である。 「まあ! では、まずお掃除からさせていただきますわ」 光子は生き生きとして、部屋を見回す。 その様子は、働き慣れている感じを私に与えた。 しかし、彼女の着ているものは高価そうで、働かなくてはならない立場や身分の娘には見えない。矛盾しているようだが。 光子がビルの管理人室に清掃道具を借りに行っている間に、私は加藤に今日訪ねてきた要件を切り出した。 「小達淳一郎(おだてじゅんいちろう)、知っているだろう?」 「日本中の人間が知っている。有名な不良華族じゃないか」 「彼が今、兵庫県警で拘留されている」 「驚くことじゃないね。神戸まで来て今度は何をした? 人殺しでもしたのかね」 加藤はフン、と鼻を鳴らし馬鹿にしたように言う。 「そうだ。それもこのビルのすぐ近くでだよ」 私は重々しく言った。 人殺しと聞いて、加藤の声の調子が変わる。 「いつのことだ?」 「今朝だよ。今から……そうだな、4~5時間ほど前か。この通りを抜けて水道筋に入ってすぐの菓子屋で、爺さんが殺された」
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