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そう。わかった。じゃあ、まずはパワーストーンの専門店のディランに行こうか」
パワーストーンの専門店として有名な店名をあげた。パワーストーンは麻衣が最近はまっているものだ。少なくとも、卓也と付き合っていた頃には関心がなかったのだから、卓也が麻衣の最近の嗜好を知るはずもない。
「えっ、嬉しい。実は前々から行きたかった店なんだ」
「そんな予感がして」
「ウソ~」
思わずそう答えていたが、瞬間、共通の友人である朋美の顔が浮かんだ。卓也のことだから、昨夜朋美に電話して情報を得たのだろう。卓也はそういうことを普通にする男だ。以前付き合っていた頃にはよくあったことだが、久しぶりだったので新鮮な喜びだった。
銀座の裏通りにあるその店に着くと、卓也はパワーストーンに見入る麻衣の少し後ろで見守るように付き添ってくれる。麻衣が卓也の感想を聞きたいと振り向く時だけ近づいてきて、そっと声をかけてくれる。そんな単純なことに、なんだか胸が熱くなる。
店を出ると、すでに夕方になっていた。薄暮の仲、日比谷公園に移動し、並んで散策する。もはや言葉はいらなかった。木々の隙間から茜色の空が見える。色づき始めた葉が、はらはらと落ちてくる。二人の間の微妙な距離が、麻衣にはもどかしく思えた。卓也と付き合っていた、自分が一番幸せだった頃のことが走馬灯のように頭の中を巡っている。
結局、公園の中では一言も交わさず、車で三軒茶屋へ向かった。タクシーの運転手に卓也が三軒茶屋と告げた時から、これから自分たちが向かおうとしている場所がわかった。その店は、麻衣の誕生日など特別なイベントの時に行く店だった。店主とも顔なじみだったが、つかず離れずのスタンスで二人の空間を大事にしてくれるいい店だった。久しぶりに二人が店に入ると、店主が軽く会釈する。この店も昨夜卓也が予約したに違いない。軽いつまみとワインを頼む。
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