プロローグ

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 駅を出てすぐの横断歩道で、骨抜きになった男を見つけた。  それはいつもと変わらない朝で、私は最寄り駅から道路をひとつ隔てた先に広がる大学へ向かおうとしていた。きちんと信号待ちをしてから渡り始めたとき、本当に何気なくひょいと車道側の信号機を見上げた。するとちょうど信号機の赤に少しかかるように、よく知るサークルメイトの男子がひっかかって、洗濯物のように風にそよいでいた。  どうにも様子がおかしいな、と見上げていた私と、情けない顔でいかにも成すすべがなさそうな信号機上の彼は、ふと目を合わせた。するとそのとき強い風が吹き付けて、彼は信号機から吹き飛ばされてひらりひらりと私の前に、天使だとか、神だとかの比喩ではなく、あくまで文字通り、舞い降りた。  へにゃりと地面に倒れ込みそうになったところをどうにか堪えて体制を立て直した彼に、いったいどうしちゃったのと聞こうとしたところで、車のクラクションが鳴り響いた。見ると、信号はとっくに赤に変わってしまっている。私は慌てて彼の手を掴んで走り出した。その手がまるでゴムのようにやわらかかったことと、たいして速くもない私の駆け足にも彼の足のまわりは間に合わず、繋いだ私の手だけを頼りに風にあおられるシーツのようにばたばたと宙を浮いてついてきたことには驚いた。  横断歩道を渡った先の銀杏並木に駆け込んだ私は、息を整えて彼に振り返った。彼は手をはなすと、さっきの風圧をまともにくらったせいで髪は大いに乱れ、わずかな風にもゆうらゆらりとたなびいて、いまにもどこかに飛ばされてしまいそうだという、目も当てられない姿をしていた。私はしばらくの間、いささかぶしつけにしげしげと見つめたあと、ようやく「どうしちゃったのよ、そのかっこう」と尋ねた。  彼は気まずそうに顔を背けてため息をついてから、なんとも言いにくそうに答えた。 「……骨を、抜かれちゃったみたいなんだ」
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