前編*光り輝くような幸福に包まれて

3/4

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 この田舎街では、教師は皆が一度は夢見る憧れの職業であるとともに、目指すのが困難な職業でもあった。  ケレイスには、教員を養成する機関が存在しない。  故に、ケレイスで教員になりたいと志す者は、一番近くともこの町から馬車で二日程はかかる都メルクにまで足を延ばす必要がある。このため、たとえ子供が学費の安い国立の教員養成学校に合格できたとしても、都で五年間一人暮らしをさせるだけの潤沢な資金が要される。  この田舎街では、それほど膨大な金貨を貯め込んでいるとう意味で裕福な家は珍しい。かといって莫大な奨学金を借りて、将来そのすべてを返してゆくだけの決意もできないままに教員への夢を断念してしまう若者は非常に多かった。  このような経済的な事情から教員を目指し辛い状況に置かれているケレイスは、慢性的に教員不足に晒されていた。どうにかこの困難をクリアし、都にまで足を延ばして無事に教員試験に合格した若者が、そのまま都の華やかさの虜となって故郷に帰ってこなくなることもざらであることがさらに輪をかけていた。  進路のことを真剣に考え始めるようになる以前のルディは、最低でも五年間はこの街を出て暮らす必要に駆られる教師になろうとは考えたこともなかった。  彼は、ただ漠然と、これからもケレイスでずっと一緒にリタと過ごしていけたら良いと思っていた。やさしくて可愛いリタの隣に立つにふさわしい、立派な自分になりたいという思いが一番強かった。  樫のテーブルに頬杖を突きながらうーんと唸っていた時、ルディはふっとひらめいた。  ――そういえば……先生は、教師を目指してみても良いんじゃないかと言っていた。今の成績なら、奨学金を無償で借りることも夢じゃないって。  彼は、元々、勉強が嫌いではなかった。教えた経験はリタにねだられてしたことくらいしかなかったけれど、『ルディはすごいなぁ』って彼女にきらきらした瞳で褒められると、くすぐったくて幸せな気持ちになった。  五年間リタと離れて暮らすのは淋しいけれど、本当に教師になることができたら、今のなんとなく頼りない自分から卒業して、堂々と胸を張れるんじゃないかと彼は思った。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加