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常に柔らかく微笑んでいる所為か、はたまた初夏の若葉を思わせる美貌の所為か、二十七という年相応に見えない男性だ。十も離れているのにその実感が沸かず、顔を合わせているとイノはついつい『お兄様』と呼んでしまいそうになる。
「どうされたのですか、急に」
並足で歩み寄ると、叔父は笑みを深くした。
「ここではなんです。宮へ寄せていただいても宜しゅうございますか?」
「構いませんわ。どうぞ」
快く応じると、イノは尚宮に茶菓を用意するよう命じ、叔父を先導して宮へ入った。
***
「どうぞ、お召し上がりください。先日、世子様から差し入れていただいた、柚子で作らせましたの」
イノは、尚宮が湯を注ぐのを示しながら、叔父に勧めた。柚子の蜂蜜漬けを煮込んだものに湯を注いで飲む、柚子茶だ。
家によっては、皮も煮込み、それを飲む時に一緒に入れたりもする。茶請けを必要としない甘酸っぱい茶で、イノの大好物だが。
「あ……それとも叔父様、甘いものはお嫌いですか?」
好みも訊かずに用意してしまった、と今になって気付く。しかし、叔父は柔らかい笑顔と共に首を横に振った。
「とんでもない。甘いものは、大好きです。雲従街に評判の甘味処があるのですが、一人で入る勇気は流石になくて」
「あら。ヨンドゥ叔母様は? お話ししてご一緒して頂けば宜しいのに」
ヨンドゥ、というのは、叔父が昨年迎えたばかりの妻の名だ。
女性が一緒なら入り易かろうと、何気なく口にしただけなのだが、叔父は無言で湯呑みを掲げ、口を付けた。
笑顔が、一瞬冷えた気がしたのは、気の所為だろうか。
触れてはいけない話題に触れたような気がしたので、イノもそれ以上その話を続けず、自分も柚子茶を啜る。
「ところで、叔父様。今日は何か、ご用があってこちらへ参ったのでは?」
さり気なく、話を転じながら、湯呑みを円盤に戻す。
この叔父は、父の一番末の弟だが、実家にいた頃も、イノは勿論、父にも滅多に会いに来なかった。
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