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宮中入りした翌日、イノの宮へも顔を出したが、今日はそれ以来の来訪だ。特別な用がある以外に、ここへ顔を出す理由が考えられなかった。
「ああ、そうです。肝心なコトを忘れるところでした」
言うなり、湯呑みを置くと、袖口を探る。
そこから出てきた手は、巾着を握っていた。
「これをお渡ししたくて参ったのです」
一旦置く場所がなかった為か、直接手渡されたそれは、薄桃色の地に、赤い花の刺繍が施されている。
「……まあ。可愛らしい。ありがとうございます」
自然、頬が緩んだ。
「わたくしの為に、わざわざ?」
「ええ。それでは、私はこれで」
贈り物を渡しに来た割には、どこで買ったとか、手に入れたとか、誰が刺繍したのだとかいう説明もなく、叔父はさっさと腰を上げた。
「あら、もうお帰りに?」
「いえ。このあと、王妃様にお会いするのでね。それでは」
形ばかり慇懃に頭を下げた叔父は、名残を惜しむ様子も見せず、踵を返す。
静寂が戻った部屋に取り残され、イノはそっと溜息を吐いた。
(……ホント、よく分からない人)
それが、叔父に対する正直な評価だ。
付き合いがあまりないので、そもそも人となりを深く知らない。
イノが叔父について知っていることと言えば、常に笑顔の人ということくらいだ。それが、ある意味で彼の無表情になっている気もする。
(でも、こうして贈り物をくれるってコトは、悪い人じゃないのよね……多分)
何気なく巾着の口を開けたイノは、目を見開いた。
中には、小さく折り畳まれた薄紙がいくつも入っている。形状からすると、明らかに何かの薬を包んであるとしか思えなかった。
(何だろう……まさか、叔父様の薬入れと間違えて渡されたとか?)
あの叔父に、何かの持病があったとは聞いたことがないが、そうだとすれば非常にまずい。
すぐに返しに行かなければ、と思ったところで、長方形に折り畳まれた紙が混ざっているのに気付いた。
薬の包みより大きい。取り出してみると、それは書翰のようだった。
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