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 だが、世子の生母は、世子を産んで六日後に息を引き取っている。産後の肥立ちがよくなかったらしい。それを受けて、第三王妃として立ったのが、現王妃――イノの叔母だ。 (だからって……叔母様が王妃になったのって確か、世子様が二歳か三歳くらいだったんじゃ)  その時から、叔母は世子の育ての母だったと聞いている。  つまり、今のファンと同じ年の頃から育てているのだ。そして、その時の叔母が、今のイノと同い年くらいだった筈だ。 (……有り得ないわ。少なくとも、私だったら考えられない)  イノが叔母の立場だったとして、あんなに愛らしい頃から手塩に掛けて育てた子を、あとになって殺せるだろうか。 (無理よ)  考えるまでもなく答えは出る。  たとえ、そのあとで実の子が産まれたからと言って、突然我が子同様に育てた子への愛情がなくなるとは思えない。  だが、一緒に育った弟に漏らす本音もあるのかも知れない。イノには言わないことを、だ。  そう考えると、叔母に相談するのは、選択肢から外さざるを得なかった。 (世子様に言うのも……当然ダメね)  彼は、感受性の強い青年だ。  義理とは言え、叔父が自分を殺そうとしているなんて知ったら、どれほど衝撃を受けることか。 (かといって国王殿下に申し上げるのも……)  下手をすれば、叔父の首が飛んでしまう。 (……まあ、正直言えば飛んだっていいけど)  穏やかな笑顔を思い浮かべて、フンと鼻を鳴らす。  とんだ古狸――いや、体型から言えば狐のほうが相応しいか。 (思い通りになると思ったら大間違いよ)  とにかく、この薬をどうにかしてしまわなくては。  しかし、燃やしたら、何かよくない――毒素のようなものが出るかも知れない。  考えた末、イノは書翰には蝋燭の火を着けて始末すると、巾着ごと薬を持って立ち上がった。 *** 「――これは、ヤンジェ様」  交泰殿へ赴くと、王妃付きの尚宮が駆け寄り、イノに頭を下げる。 「何かお忘れ物でも?」  ついさっき、交泰殿を辞して行ったばかりなのに、という意味合いが含まれた声音だ。
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