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コンクリートの壁に年季の入った木製のドアが1つ。看板に明かりがついていたのでどうやら営業はしているようである。
(中が見てみたい)冬実はそう思って踵を返した。
真鍮製の金のドアノブを引いてみる。
カランッコロンッ、小さなカウベルがノスタルジックな音を立てた。
「いらっしゃい。」初老の男性の声が奥から聞こえる。
冬実は眼を凝らし店の中を見回した。
アマリア・ロドリゲスの歌声が店内に響いていた。
幅3メートル、奥行きは10メートルほどだろうか、薄暗い店内の天井からは電球をちりばめたようなシャンデリアが垂れ下がっている。
カウンターは3席。しかも誰もいない。赤いレザーでできたスツールが3つカウンターの前に並んでいる。カウンターの中には背が高くすらりとした老人がバーテンダーの格好で立っている。豊かな白髪は七三分けになっていてカーネルおじさんのような黒縁メガネで微笑んでいる。
「あ、あの、ここはバーですか?」冬実は勇気を持って訊いた。
「初めてでいらっしゃいますね。」北川はゆっくりと落ち着いた声で言った。
「はい、家はこの先にあるんですが・・・」冬実は言った。
「怪しい、と思いましたか?」北川はにこやかに言った。
「ええ、まあ。ここは飲み屋さんですか?」
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