第2章 加奈の場合。

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第2章 加奈の場合。

 8月も終わりを迎え、うだるような暑さも日中だけになってきた。道路の街灯には、夜の光に誘われてセミたちがジジッと鳴きながら、光へ向かって飛び交っている。原田の街の喧騒も夜12時を過ぎると閑散としてくる。  原田川沿いにある雑居ビルの1階で『鬱憤館(うっぷんかん)』の店主・北川洋太郎は、今日も定刻の深夜12時にシャッターをボロロロロとあげて開店の準備をする。準備とは言っても明かりを点けて、カウンターをひと拭きすれば以上、終りである。洋太郎は3席ほどのカウンターに真っ赤なバラを一本ざしで飾ると、BGMにフランク・シナトラをかけた。     * 「オーダーお願いしまーす」斎藤加奈(さいとうかな)は右手を上にあげて、ジッポのふたを開け閉めする。 「ほんとにいーのー? あたし初めてです、こんなオーダー」嘘である。 黒服の店員がやってきた。 「えーと、フルーツの盛り合わせ、メロン、マシマシでお願いしまーす」加奈は弾んだ声で言った。     
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