第2章 加奈の場合。

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 カウンターは3席。しかも誰もいない。赤いレザーでできたスツールが3つカウンターの前に並んでいる。カウンターの中には背が高くスラリとした老人がバーテンダーの格好で立っている。ゆたかな白髪(はくはつ)は七三分けになっていてカーネルおじさんのように黒縁メガネで微笑んでいる。 「あ、あの」 「初めてでいらっしゃいますね」北川はゆっくりと落ち着いた声で言った。 「バイト先の店長に勧められてきました、なに屋さんですか」加奈は訊いた。 「看板の通りです。バーでも飲み屋でもありません」北川はにこやかに言った。 「うっぷんかん、と申します。私は店主・北川です。どうぞお見知りおきを」 「だから、なに屋さんですか、って聞いているんです」 「まあ、まあ、まずはおかけになって、メニューをどうぞ」 加奈はスツールに腰掛けた。 北川はフレンチの料理屋にあるような黒いメニューを加奈の前に広げた。          ●シェフ北川の気まぐれ鬱憤プラン(1万円~時価)     ●有機で育てた北川さん家(ち)の鬱憤プラン(2万円~時価)     ●アニバーサリー・鬱憤とのマリアージュ(50万~) 「あのう、意味がわかりません。説明していただけますか」 「まあ、メニューはあってないようなもんです。まずはお名前、仮名でも結構です。教えてください」 「ええ、じゃ、麗奈」 「それは、それは麗奈様、よくおこしになられました。なにかお仕事でお困りの様子。かならずやお役にたてると思います」 「店長から聞いているんですか?」     
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