第1章 洋平君、来客。

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 そんなあかせんのはずれにある雑居ビルの1階で『鬱憤館(うっぷんかん)』の店主・北川(きたがわ)洋太郎は、今日も定刻の深夜12時にシャッターをボロロロロとあげて開店の準備をする。準備とは言っても明かりを点けて、カウンターをひと拭きすれば以上、終りである。洋太郎は3席ほどのカウンターに真っ赤なバラを一本ざしで飾ると、BGMにエディット・ピアフのレコードに針を落とした。     *  小牧(こまき)洋平(ようへい)は6月の締め切りに追いつめられていた。大手文学新人賞などのコンクールが意地悪をするように各社とも締め切り日が同じなのである。コンクールの投稿にはルールがあって各原稿は1社に絞らなくてはいけない。それもまったく新しい作品でなくてはならない。洋平は一社ずつに違う作品を投稿するため、掛け持ちで4冊の本を書きすすめていたがどれもクライマックスが未完成で構想すらできていなかった。  今年で執筆活動は5年になる。20歳のときに始めて、大学の学内小説コンテストで佳作をとったのがきっかけで、就職もぜず、さまざまなアルバイトで糊口を凌ぎながら、毎回応募するものの、返事は梨の礫(つぶて)だった。  舞(まい)葉(は)とも交際して5年になる。25歳、洋平と同い年である。大学の軽音楽サークルで知り合って、ハードロックの話題で意気投合し、交際し始めた。舞葉は洋平ひとすじに愛を深めていった。     
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